2010年07月15日

東のエデンとエヴァンゲリオン

fa51ed91.jpg板倉です。

この文章、個人のブログでも書いたのですが、先日、会社のブログでも『東のエデン』について触れたので、念のためにこちらにも加筆修正して、書いておこうと思います。

と、病院での最後の日、前日に外泊した際に、DVDも含めほとんど荷物を家に戻してしまったこともあり、時間がつぶせるアイテムがパソコンだけになり、仕事のキリもついたので、インターネットで見始めていた『東のエデン』を一気に最後まで観た。

アニメがなんでこんなに人気というか多く生産されているのかって、それって僕の感覚ですが、一つに体力がいらないんですよね、観るのに。それはテレビをずーっと観ていられる感覚と一緒だと思います。あとゲームも似たような感覚(ゲームはゲームで、実際に手を動かすので、筋肉が疲れることはあります)。

キャラがどーこーとか、絵がキレイとか、そういうところではないところでね。

映画を一日3本〜4本観ると、本当に疲れる。昔、仕事で映画祭とか行くとパスを貰えたりしたので、一日で観れるだけ映画を観ようとするのですが、3本目ぐらいで落ちる。勿論、作品に当たり外れとか、体調とかもあるのですが、1日中映画館で映画観ると本当に疲れます。今も休みとかで映画を観れて、おおよそ多くて3本ぐらいです。

まぁ、体力ない方なのかもしれませんが・・・だから映画への記憶が悪いのかも。学生時代、よー映画観ていたのですが、今でも何を観たのかというノート残っているけど、内容、思い出せないもの多いです。


と、とても面白いアニメでした、『東のエデン』。『タクシードライバー』や『ボーン・アイデンティティ』などが元ネタらしいのですが、それ以外にも劇中で映画がよく出てくる。その中でも第9話を観て、ちょっと驚いたのですが、板津という登場人物が車にひかれて、水の流れる道の側溝に吹っ飛ばされます(ちなみにそのシーンの舞台は京都)。そのシーンで板津は息を引き取るんですが(実際は死んでいないのですが)、ふと板津の顔に頭上から赤い椿が一つ「ぽとん」と落ちて流れていくのですが、これって黒澤明の『椿三十郎』的な演出じゃないかと、ふと思いました。

また、映画的な記憶(っていうと、昔、冨永昌敬監督の『亀虫』を友人宅で観ていたんですが、そのDVD特典で冨永監督と作家の中原昌也が副音声で解説というか放談していて、その時に「ヒッチコック?映画的記憶?なんだよ、ばかやろー!」的なことを言っていたことを思いだす・・・死ぬほど笑ったなぁ)がちりばめられているのですが、やっぱり3話か4話の冒頭の主人公の咲(サキ)が自宅に戻ってきて、姉の旦那と会話をするんですが、そのシーンのラストショットの一つ前、姉の旦那の顔から『The Cold Blue』(恐らく『グランブルー』だと思うんだけど、著作権かな)という映画のポスターにパンダウンするのですが、そのカットは絶対に必要ないと思うんですよね。咲が帰宅して、背景にチラッとそのポスターが映り込むのですが、それで十分、ゾクっとしますよ、実際したし。

またちょっと、咲の描き方が、どうもステレオタイプすぎて、どこにでもいるヒロインで、全然、魅力的じゃないというのが、相当、残念ですが、やはり羽海野チカの独特のキャラクターデザインがいいですね。どのキャラにも背景の過去がある、生きてきた人生がある、秘密があるというようなちょっとした憂いというか、薄い影が落ちている感じ(そのような背景は描かれないのですが・・・というか勿論、描く必要がない、けど、それがあるという感じ)。そういう意味では、どこかキャラクターデザインに救われているところが大きいのは否めないかな。

けど、今、描かれるべきアニメだなと思いました、エヴァンゲリオンの数倍は。

けどけど、一つ勝手に思ったことは、映画版のエヴァンゲリオンってすごいということです。テレビのアニメってもちろん、テレビ業界のスケジュールに落とし込まれているので、アニメーション映画ほど手の込んだことができないんですが、それでも去年ヒットした『サマーウォーズ』と比較しても、エヴァンゲリオンって凄いと思います。映画版のエヴァの画面って、止っているものがないということです。例えば背景が止っているようなことはないなど(木々がざわめいたり、風が吹いていたりとか、コンピューターが複雑に点滅しているんだけど、決して同じ動きが繰り返されることがない・・・同じ時間は繰り返されないという実写で前提となることが、前提になっている感じ)。そう思うと、画面や物語が息づいたりしている作品なのかもと思ったりしました。テレビアニメって、背景と人物が干渉、影響し合ってないというかなんというか、重要度がかなり低い気がする。どれだけ登場人物の目が大きくて、胸が大きくてという感じ。だけど、時間を語ったり、その人物を美しくしたり、醜くしたりするのって、その背景(勿論、歴史ということも含めてですが)だと思うんです、なんというか物語を豊かにする装置として。

と、書きながら、「光」だなと思いつきました。例えば、花が映っている一枚の写真を、編集ソフト上で5秒かけてズームすると、それは5秒の映像になります。一方でその写真とまったく同じ画角・ズームスピードで5秒かけてビデオカメラで撮影すると、同じ「様」な映像ができます。しかし、そこに大きな違いがあります。というか、この5秒の映像を見比べた時、誰でも「こっちが静止画をもとにした映像で、こっちが動画撮影された映像」というのがわかると思います。それって、なんでそう思うのかっていうと、光だと思うんです。動画撮影って、まぁ、一つ言えば、1秒間に約30回シャッターを切っているわけで、その30回同じ光というのはありえません(色々と要素はあるけど、一つに蛍光灯でも外光でもなんでも、常に細かい点滅が繰り返されたり、太陽であれば角度が変わったり、光の拡散が行われているわけなのです)。と思うと、撮影された動画というのは、静止画(一瞬の光で固定された画像)では作り出せない「光」というものを持っていることであり、アニメーションというのも結局は、静止画(固定された光)をつなぎ合わせて、あくまでも「動き」を見せるものなんだと思ったりします。しかし、劇場版のエヴァンゲリオンの試みって、そのアニメーションに息吹を与えるかのごとく、1コマ1コマに「光」を含んでいるような気がしてならないのです(と、今週末に『破』のブルーレイを観て、この文章について、もう一度、考えてみます)。

と、『東のエデン』ですが、テレビは11話で終わってしまったのですが、映画として、パート1・パート2とあるので、是非、観たいと思います(まだ映画を観ずして、ちょっと批判的な文章を書くのは時期尚早だったかもしれませんが・・・)。


他に最近のアニメって、どんなんが面白いだろー・・・なんとなく漫画と並行して、『鋼の錬金術師』はアニメの最終回とかその近辺は病院にいたので観てたけど・・・。また皆様、オススメがあれば教えてください。
posted by 株式会社ディレクターズ・ユニブ at 08:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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